2013/07/05

Oregon便り(7)~競争意識の違い その2


真夏日が続いていたポートランドも、ようやくいつもの爽やかで、気持ちの良い毎日に戻りました。

今日は、アメリカの独立記念日です。今夜はあちこちで花火大会があるようです。私もこれから友人家族とちょっと田舎町まで出かけ、 昔ながらのパレードやお祭りを見たり、BBQをしたり、アメリカらしい祝日を楽しんでくる予定です。

さて、前回の続きになりますが、今日は日本の学校の中での競争意識についてです。


(その1の続き)

実力主義のアメリカと違い、日本の子どもたちは、学校で何かに参加するために、オーディションなどを受ける機会があまりありません。

日本の学校(特に公立の学校)は、「公平であること」に重きをおきます。もし学校で劇をやることになれば、先生はすべての生徒に役がいくようにします。たとえば主役が複数いる劇を選んだり、ひとつの主役をなるべく大人数で分けて演じるなどします。また、役決めも、オーディションという形ではなく、話し合いで、場合によっては希望者によるじゃんけんで役が決まります。先生や保護者も、数人の子どもたちだけにスポットライトが当たるようなことは好みません。

もし子どもがとても優秀だったとしても、飛び級することもありません。日本の公立の小中学校には、飛び級制度もなければ、通常は退学させるようなこともありません。(アメリカでは、学力だけではなくいろいろな評価基準がありますが、一定のルール・条件をクリアできない生徒は退学になります。退学となるまでのプロセスも明確で、それまでのカウンセリングなどのケア、また退学後の受け皿もあります。生徒たちは「生徒である」ことの条件を理解し、その責任を果たさなければなりません。)

アメリカの生徒たちはそれぞれの個性を磨き、存在価値を高めあうような空気がありますが、日本の生徒たちは目立つことを嫌い、ごく普通の生徒であるよう、みんなと同じようにふるまいます。まして、仲間と競うことなどはできる限り避けたいと思っています。友達とは、何かを一緒にやる仲間でいることが一番良い状況で、競い合うようなことはしたくないのです。これは、日本のような同質であることを好む社会では、学校に限らずオフィスなどでも良く見られる状況です。

人と違うことをすることを良しとせず、みな同じことをやりたがりますが、お互いを思いやり、とてもよく助け合います。チームワークが得意で、チームのために一生懸命にがんばります。「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために!」は、日本では人気のあるスローガンのひとつです。協調性をもっとも大事にする文化だからです。

個人的な意見としては、競争嫌いを多く生み出す結果になろうとも、子どもたちには、日本人として「和」を尊ぶ心を大切してほしいと思います。ただ日本の教育を見ていると、様々な価値観を認め合い、個性を尊重しあう心が育つ土壌作りももっと必要ではないかと感じています。そうすれば、学校でも、学力だけにこだわらず、個々の良さを引き出し、お互いを高めあうことももっとできるようになるでしょうし、すべての子どもたちが相手を思いやりつつも、自分らしくのびのびと過ごすことができるのではないかと思います。


その3へつづく

担当/河合
 

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