2013/11/10

Oregon便り(14)~教育とテクノロジー②

 ①の続き


小学校の基礎学力について、日本では「美しい字を書くこと 」も教育の目的のひとつにあるというご意見をいただきました。

小学1年生がはじめて字を習うとき、鉛筆の持ち方や姿勢について、角度や向きまでこと細やかに教わります。そして、マス目の中にバランスよく、字を書く練習 をひとつひとつ、ひらがなから難しい漢字練習にいたるまで、何年にもわたり、毎日丁寧に行うことをもとめられます。

ところが、こちらの学校では、きれいな字を書くことへのこだわりがほとんどありません。鉛筆の持ち方も様々です。

小学生のうちから、コンピューターやiPadを学校で使います。
中学生になれば、エッセイやレポートは、パソコンで打ったものでの提出があたりまえになっています。

こんな状態で、将来、字が汚くて恥をかくことはないのかなー?と日本人の親としては心配せずにはいられません。ですが、その思いは、こちらにいると薄れてきます。

手紙はEメール、入学願書や履歴書も、その他の様々な書類も、パソコンで準備したものを提出、もしくはウェブサイトでのコンピューター入力です。

どちらかというと、手書きの方が心がこもっている、気持ちが伝わるというような考えよりも、相手にとって読みやすい、タイプしたものをという気遣いがあるように思います。

そもそも学校で行われる模試や、たとえばアメリカの大学に留学する際に必要となる英語テスト・TOEFLもコンピューターでの受験です。

手書きの必要性がほとんどないのです。そんなわけで、こちらでは、


字がきれいなことは良いことだが、必要性の高いものではない。


という認識の人が多いようです。
コンピューターに慣れ、宿題や試験の際、また将来仕事をするときに早くタイプするようにしておくことが大事だと考えているのです。







日本には書道という伝統文化があり、「美しい字を書く」 ことがひとつの教養として求められる文化があります。受験のために、早くて正確な計算力と筆記力が必要とされている教育の現場があります。



ハイテクノロジーの国・日本。
伝統文化が息づく国・日本。
受験大国・日本。



技術がすすんだ現代社会と学校教育の現場の距離感が、今後どのように縮まっていくのか。

教育のグローバル化が大きく叫ばれるようになった昨今、国際社会での競争力を高める、語学力をつけるといったことだけでなく、日本の伝統、良さを生かし教養の高い日本人の教育を うまく現代社会にシフトしていく取り組みもこれから増えていくのではないかと思います。



学校教育は、大学受験だけのためではなく、子どもたちが社会に出た時、それぞれが生活力を身につけ、学んだことを大いに発揮できる力、社会に貢献できる力を育てることが大事なのだと信じます。


というわけで、これまで基礎学力という観点から、テクノロジーとの関係を日米比較してきましたが、次回は、このテーマを全く違う視点から議論してみたいと思います。






担当/河合

2013/11/05

Oregon便り(13)~教育とテクノロジー①


今回は教育分野でのテクノロジーについて、日米の教育を比較をしてみたいと思います。


前回のブログで取り上げましたが、日本の「読み・書き・算盤」の伝統的な学習は、日本人として、あたりまえの教養の範囲でほとんどの人が身につけてきたものです。

日本ではごくごく普通の計算力を持つ小学生の次女、こちらではすばらしい計算力の持ち主と言われます(笑)公文などの塾に通ったこともなく、そろばんを習ったこともないごく普通の娘が、一目置かれるのは、ひとえに日本の学校教育の中での訓練の賜物です。特に日本の九九はすばらしく、九九さまさまです。

ところが、中学に通う長女ですが、先日話していてびっくりしたことがあります。

√を使った計算は、計算機でするものと思い込んでいたのです。「いやいや、日本の学校では計算機を使わないよ」と説明すると、逆に娘はびっくりしたのです。「どうやって小数に直すの???」と。「ひとよひとよにひとみごろ」ってみんな覚えていると説明すると、いたく感動していました。(彼女の面目のために追記しておきますが、彼女もこちらの学校では、数学はレベルの高いクラスでよい成績を保っています。)


なぜそんなに早く全問正解で計算できるの?とクラスメートにびっくりされる次女。
なぜ√の小数を日本の学生はみんな暗記しているの?とびっくりしている長女。

早いようですが、結論!!

日本人の暗算力・計算能力は高い!

日本の教育を心から尊敬してしまいます。


その一方でアメリカの教育現場では暗算力・計算能力をなぜ日本と同じように必要としないのかという疑問が・・・。

答えは簡単で、「計算機」があるから。

そして、日本の学校ではなぜ「計算機」が使われないのかというと、一般の中学、高校、大学入試では使用できないから。ではないかと思っています。

大人たちは日常生活でも会社でも、携帯電話や計算機を使いこなしていますから、計算機を拒否する文化ではないかと・・・。(笑)


ところで、こちらにいると、アメリカ人だけでなく世界各国の友人によく言われることがあります。

「ハイテクノロジーの国の日本、学校ではコンピューターや電子黒板がそろってるんでしょう?」

彼らの話をよく聞くと、日本では、

■ 車にはナビゲーションシステムが標準装備されている
■ いろいろなロボット開発が進んでいる
■ 一般家庭には  
・コンピューター制御でお湯が入るお風呂
・センサーでふたが開いたり、温水温風がでるトイレ
・しゃべる冷蔵庫・・・などが普通にある

確かにその通りです。ナビもお風呂もトイレも、ごく普通に見ます。だから、彼らにしてみると、日本の教育環境はテクノロジーを駆使したすばらしいものに違いないと信じ込んでいるわけです。

「いやいや、ご期待に沿えず申し訳ないけれど、日本の学校では、計算機も使わない。」と話すと、びっくりされます。自分の頭で計算し、自分の手で書くことが大事にされていると説明すると、感心されますが、うまく説明ができず・・・そこから不毛の質疑応答が続くことになります。

「なぜ計算機が使えないのだ?」
 →日本の受験事情を伝える

「なぜ受験会場に計算機が持ち込めないのだ?」
 →計算力もチェックされるべき学力のひとつだから

「計算機があるのに、計算力が検査されるのか?」
 → ・・・。

こうなると、日本の伝統的な考えに、「読み・書き・算盤」は大事にされている!日本人としてはあたりまえのことなんだと最初の説明に戻るしかないのですが、ぴんとこないようです。どなたかもっと適確な説明を教えてください。(泣)


②へ続く



担当/河合