①の続き
小学校の基礎学力について、日本では「美しい字を書くこと 」も教育の目的のひとつにあるというご意見をいただきました。
小学1年生がはじめて字を習うとき、鉛筆の持ち方や姿勢について、角度や向きまでこと細やかに教わります。そして、マス目の中にバランスよく、字を書く練習
をひとつひとつ、ひらがなから難しい漢字練習にいたるまで、何年にもわたり、毎日丁寧に行うことをもとめられます。
ところが、こちらの学校では、きれいな字を書くことへのこだわりがほとんどありません。鉛筆の持ち方も様々です。
小学生のうちから、コンピューターやiPadを学校で使います。
中学生になれば、エッセイやレポートは、パソコンで打ったものでの提出があたりまえになっています。
こんな状態で、将来、字が汚くて恥をかくことはないのかなー?と日本人の親としては心配せずにはいられません。ですが、その思いは、こちらにいると薄れてきます。
手紙はEメール、入学願書や履歴書も、その他の様々な書類も、パソコンで準備したものを提出、もしくはウェブサイトでのコンピューター入力です。
どちらかというと、手書きの方が心がこもっている、気持ちが伝わるというような考えよりも、相手にとって読みやすい、タイプしたものをという気遣いがあるように思います。
そもそも学校で行われる模試や、たとえばアメリカの大学に留学する際に必要となる英語テスト・TOEFLもコンピューターでの受験です。
手書きの必要性がほとんどないのです。そんなわけで、こちらでは、
字がきれいなことは良いことだが、必要性の高いものではない。
という認識の人が多いようです。
コンピューターに慣れ、宿題や試験の際、また将来仕事をするときに早くタイプするようにしておくことが大事だと考えているのです。
日本には書道という伝統文化があり、「美しい字を書く」 ことがひとつの教養として求められる文化があります。受験のために、早くて正確な計算力と筆記力が必要とされている教育の現場があります。
ハイテクノロジーの国・日本。
伝統文化が息づく国・日本。
受験大国・日本。
技術がすすんだ現代社会と学校教育の現場の距離感が、今後どのように縮まっていくのか。
教育のグローバル化が大きく叫ばれるようになった昨今、国際社会での競争力を高める、語学力をつけるといったことだけでなく、日本の伝統、良さを生かし、教養の高い日本人の教育を うまく現代社会にシフトしていく取り組みもこれから増えていくのではないかと思います。
学校教育は、大学受験だけのためではなく、子どもたちが社会に出た時、それぞれが生活力を身につけ、学んだことを大いに発揮できる力、社会に貢献できる力を育てることが大事なのだと信じます。
というわけで、これまで基礎学力という観点から、テクノロジーとの関係を日米比較してきましたが、次回は、このテーマを全く違う視点から議論してみたいと思います。
担当/河合
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